破壊ネタ注意。
破壊描写はありません。
幾つもの流れる星を、地上に立ち見送る彼は、ただひとり。
地上を濡らしながら、それでも地上の光に向かって歩き、地上の星に出会う前にはそれを拭い、いつもの軽口を叩くのだろう。
それは彼の役目であり、それは彼の誇りでもある。
***
縁側に座し、庭を眺めていた。新緑がまぶしい。もうすぐ夏か、と、季節の移ろいに想いを馳せたが、この『庭』にそのようなものはないのだと、思い直した。
どこかであり、どこでもない場所に、この『本丸』は存在しているらしい。
こちらに近付く足音と複数人の気配がして、景観から視線を移した。艶やかな長い黒髪を無造作に流し、朱の着物に浅黄の羽織を重ねた出で立ちの青年が、集団の先陣を切っていた。
「和泉守。珍しいな。『お前』が出るのか?」
「……これも、俺の仕事の内でな」
苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
この本丸においては『和泉守兼定』が近侍を務めると決まっている。そのためここには、それぞれ異なる『別時空の戦場』に対応できるよう、複数の『和泉守兼定』が存在していた。
彼は、初刀の『和泉守兼定』。強くなりすぎたゆえに実戦で出撃することはほぼなく、演習でのみ、呼び出される。
それ以外で彼が出向くということは、特別であるという証だ。
「俺は、留守番のようだな。それでは、何用だ?そこにいる『俺』と、関わりのあることか?」
「あぁ、そうだ。『看取り』に行く。ま、あんたは大丈夫だろうが……念のため『繋がり』を、切れよ」
「『俺』の看取り、か。ははは、なんとも豪勢な顔ぶれだ」
ここに呼ばれた時には、すでに精鋭だった者達。ここに呼ばれてからずっと、共に戦場に赴いた。その顔ぶれには『俺』もいる。そんな見慣れた光景を、今は久しく見ていなかった。
「ははは、そうだろう?無様には、散れぬなぁ」
『俺』と同じ顔が、『俺』とは違う顔で笑っていた。
***
誰かの掌が背に触れた。衝撃は一瞬で駆け抜け、消失した。
屈みこみ、胸元を押さえていた。心の蔵を、一太刀で貫かれたような感覚。
和泉守の『繋がりを切れ』というのは、このためだったようだ。
『破壊され、消失した』感覚の、共有だった。
「……なるほど、これは、なかなかに『痛い』」
「……落ち着きましたか?」
「あぁ…すまないな、光忠」
深呼吸をひとつ。それでもう、何事もなかったように静けさが戻った。
「和泉守か?」
「えぇ。僕も留守番でしたからね。『驚いて心臓止まったりしねぇように、ちゃんと爺ぃ見とけ』って。これを僕が言ったことは、内緒にしておいてくださいよ」
柔らかな笑みと共に、そっと人差し指が唇に当てられた。そういった仕草に『格好』がつく男だが、そんなときほど、それを意図していない。それが彼の良さでもある。
未だ背を温めていた彼の掌が、そっと離れた。完全に力が抜けたことを確認できたからだろう。
「面倒をかけるな」
「この程度、ここでは面倒のうちには入らないよ…」
「ははは、そうかもしれんな」
「……兼さんは、ここにいる『全員』を、看取っているんですよ。……『僕』も、そうだった。今回は特別で、いつもは一人でやるんですけどね」
「では、帰りは『ひとり』か」
「……えぇ、そうです」
一瞬の沈黙の後、光忠が視線を中空に向けた。『時空転移』と呼ばれる気配がしたからだろう。
「……帰ってきたみたいだね」
「そのようだな……よぃ、しょ……」
「宗近さん、もう少し安静にしていたほうが……」
笑みと共に手で制する。心配してくれる彼の心使いは嬉しいものだったけれど。
「出迎えてくる。『俺』を看取ってくれた皆に、礼を言わなくてはな」
***
「よぉ、生きてたか。てっきりぶっ倒れてると思ったんだがな」
「光忠が傍にいてくれたからな」
「へーへーそうかい。光忠、ご苦労だった。……ま、大丈夫だってんなら、それでいいさ」
「兼さんこそ、お疲れ様。みんなもね」
労い合う皆の前に少し足を進めた。頭を垂れる。ざわめきが止んだ。
「『俺』の代わりに、礼を言う。皆、ありがとう」
「……あのなぁ……。礼なんか言うことじゃないだろうが……」
「そうか?」
首を傾げて笑ってみせれば、和泉守はそっぽを向いて、烏の濡れ羽色をしたしなやかな髪を、くしゃりと乱した。
***
欠けた月が新月となっても、零れぬ月の雫は、下弦の月のまま、欠けることも満ちることもない月の代わりに、彼がまた、地上に零してくれたようだ。
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格好良い兼さんを他の人視点で書きたかったけど、微妙に消化不良…!
そんなに暗い話でもないと思って書いたけど、かなんに読んで貰ったら『わりと暗い?』と言われた。
あれ~?^^;
ギャグのほうの看取りネタも描きたいです。
今度こそ兼さんたくさん描ける、きっと…!